鳶飛魚躍

 対人恐怖症、統合失調症と共存して生きています。日頃の行いを頭の中で整理する為のアウトプットとして利用させて頂いております。ご容赦下さい。気分屋で症状のこともあり、課せられて書く、載せるよりかは暇潰し程度に気分が乗った時に日記程度にのせてます。

会社勤め虚構6

 今日は週末休みだ。でも、今週は珍しく仕事でミスがあった。ひとからみれば小さなミスだ。でも、叱責された訳でもないが、上司から指摘を受けた。このくらいのことでへこたれてたまるかとおもっていたが、思いのほか記憶に残ってしまった。記憶に残るというのは言い過ぎかもしれない。でも、週末のモードにしてはダメージがある。不意に気持ちがナーバスなのだ。時折り、そういう顔を見せてしまうようだ。妻に言われた。家に居てゴロゴロしていただけだが、調子が悪そうにみえたみたいだ。妻「具合が悪いの?」僕「仕事のことが頭から離れないんだ」妻「手を抜くことが出来ないのね」そういうことなのか、オンとオフが上手くいってないのか。楽しむことが出来ないと切り替えが上手くいっていない証拠なのかもしれない。黙っていると妻に話してみて、と言われた。仕事でミスがあったことを話した。「そうだったのね」長々と話したにも関わらずいつものように話をきいてくれた。話すという行為が大事なのかもしれない。ひとの共感、事の終わり、切り替え。僕は自信を持って、次に向かえる。周囲の方に感謝して次の週を迎えることが出来る。

 

会社勤め虚構5

 今日は会社の同僚とすれ違う部分があった。僕の食い違いかもしれなかった。帰って妻に「会社に馴染めていないかもしれない」と弱音を吐いた。妻も「そう思うのね」と言った。幻聴や妄想かもしれないが、思い出したら気になってしょうがなかった。行き違いがあるときは大抵、思い込みのことが多いがひとりで思い悩んでいると自分の中で飛躍していって、後で面倒なことにもなりかねない。妻は僕のこういうことをしょっちゅう聴いているし、いつも僕の話しに付き合ってくれた。同僚に電話で聴いてみたらと妻に催促された。僕は同僚に電話を掛けたみた。電話番号を知っているほどの仲の同僚ではあるが、何気に緊張はしてしまう。率直に聴いてみた。「僕は会社で嫌われていないだろうか」とストレートではあるが、誤魔化しがない言葉だ。「そんなことないよ、器量があるし、誰もそんなことおもってないとおもうよ」と言ってくれた。「でもそうか、そうおもうのか。悩んでいることがあったら相談乗るよ」と付け加えてくれた。僕も良かった、とその場で安心はするが、こういうことは僕の場合は忘れた頃にまたか、と起こってしまう。人間関係の構築は難しいがコツコツと諦めずにしていくしかない。

 

会社勤め虚構4

 僕は自分の非力さにうなだれて帰ってきた。具合が悪そうな僕をみて、妻は「また何かあったのね」と察してきた。知らず知らず疲れが溜まっていたのだ。コミュニケーションをとるのをおろそかにしてしまっていた。何気ない会話をするのを躊躇うこともあるが、ついつい億劫になってしまっていた。そのことを話すと、「弱みを見せるのが怖いときもあるわ」と妻が言った。「認めると楽になるかもしれないけど、うん、怖いのかもしれない」と僕は言った。「いつも出来るひとはいないわ。少しずつ話せるようになる」と妻は言った。気付くことが第一歩なのかもしれない。僕は自分を理解していっている途中なのだ。弱さを認めることにひとつ気付いて成長の伸びしろはあるのかもしれない。「可能性を感じたいのね」とぽつりと妻は言った。僕は熱心かもしれないが、このままだと固執してしまうこともあるかもしれない。でも、今のうちに気付けてよかったかもしれない。視野を拡げることも勿論必要だが、誰かに困ったことを話すことも重要だ。ガス抜きしていくのが疲れを溜めないことに繋がる。今日は色々なことに気付けた。察してくれた妻に感謝を言った。

 

会社勤め虚構3

 今日は仕事が上手くこなせたようにおもう。出来、不出来というか連携して仕事をしていたからかもしれない。自分がよかったとかではなくて、自分も社会の歯車になっている感じがした。勿論、周りの方々の支えがあってから、自分も上手く回っているのだとおもう。家に帰る途中にケーキ屋の前を通ったので、以前から気になっていたのもあるし、中に入ってみた。客が居て、店員さんの雰囲気が笑顔で接客されてて良かった。ショーケースのショートケーキをみると苺が大きくて惹かれたので、買ってみようかとおもった。ショーケースを凝視していると、店員さんが「このショートケーキ、苺が甘酸っぱくて、甘い生クリームに合うんですよ」と笑顔で言ってきた。そそられて、「二つお願いします」と買ってみた。家に帰ると、妻が僕の機嫌の良さそうなのをみて、「何かあったのね」と言ってきた。僕は「そうでもないけど、仕事の出来が良かった」とだけ言った。その後、食事の後に二人でショートケーキを食べながら、話していた。妻が「達成感があったのね」と言った。そうなのかもしれない、とおもった。気力を上げるには、それだけのことをこなさなくてはならないのかもしれない。そして、「働くことがあなたの為になっているのよ」とも言った。そうなのかもしれない。確かに今日は充実していた。ひとの為に仕事をなるのもいいが、自分の為にもなっているのかもしれないと納得している自分もいた。

 

会社勤め虚構2

 今日の仕事は散々だった。ミスも多くて、同僚や上司に迷惑を掛けてばかりだった。帰りに自販機でコーンスープを買って飲んだ。ホッと一息つきたかった。帰ってから、妻にはそんな雰囲気を見せなかったが、顔つきでわかったみたいだった。険しい表情というか、暗い気持ちになっているときは気付くらしい。妻が「何かあったのね」隠してる訳ではなかったので正直に言ってみることにした。「僕は会社の戦力になりたいんだ」強い口調ではなかったけど、気持ちは妻にも伝わったみたいだった。妻は間を置いて、笑顔で「出来ることをしているからいいのよ、自分だけで思い悩まないで」と言った。御飯を食べて、「気分転換に海に行かない」と妻が言った。二人で歩いて海に行った。歩いて夜道を往くと、行く道の住居の家の灯りと街路灯だけだった。海に近づくと、さざ波の音と風の静かな音で癒される気がした。靴と靴下を脱いで、砂浜に入る。膝下に海の波が寄せてきて、揺れる波に身を任せていた。自然を感じる。僕は少し、固執していたのかもしれない、そう感じた。ひとの雑踏の中では自分を忘れることもある。色々な考えのひとや想いを秘めたひとの中で過ごしていると、自分の思いを出してはいけないと感じることもあるのだ。

 

会社勤め虚構

 ある日の明け方、むくっと起き上がって、時計をみると午前4時くらいだった。時計をみたのが不正解だったのかもしれない。外は暗いのがわかったところでまた、直ぐに眠りに入るのが正解だったのかもしれない。正解、不正解もないのだ。全ては思い込みだからだ。思い込みが激しいから、時計をみたら、眠れなくなるのだ。困っている表情の僕をみた横に寝ていた妻が「あなたは思いが混んでいるのよ」独特の言い方で、慰めているのか、思い込みに拍車を掛けたいのか、わからないことを言ってくる。たぶん前者だろうか、とおもう。彼女を心配させたくなくて、「そうだよね、頭が渋滞してる」と言う。こういう日は案外、会社に行っても仕事が上手く行くことが多い。寝不足だから、仕事は上手くいかなそうだが、そうでもない。同僚に「今日も眠れなかったんだよね」と言っても、「そうですか、テキパキとこなしてるから、薬飲み忘れているのかとおもいましたよ」といわれた。こういう日は上司に言って、早退させてもらったほうが良い日かもしれないのだが、なかなか勇気が出る日と言い出せない日がある。今日は早退を言い出せた。夕方まで仕事をしても無理してしまうことが多いからだ。早めに帰っても、家に誰もいないのだが、お茶を飲んで一息つく。頑張った日は自分を自分で褒めてあげる。酒は飲めないが、お菓子でも食べて、脳に栄養補給をする。やれやれ、といつも通り平常運転だが、こんな生活を続けていると身体を壊しかねないな、とおもう。笑い事でない、と思いつつ、今日も何とかなったと変にポジティヴに解釈している自分もいる。

 

気休めのことについて書いてます。

 こんにちは。今日は晴天です。気温も上がっています。今日は怠かったので、午後から横になっていました。今も怠いですが、眠気覚ましに書いています。春のこの辺りの季節の日中の眠気や怠さはしょうがないといったところでしょうか。本を読んでいて、「健康法は気休め」と書いてあるのに共感しました。気を休めるのに最適だそうです。信じ込んで試したり、運動や食事法等をすることは確かに気力を回復させるのにはいいかもしれません。熱中したり、没入したり、納得したり、試して出来た、とホッとしたりします。失敗しても、時間稼ぎではないですが、「所詮健康法だから」と次のものをピックアップしたりして過ごすものです。私もそんな感じです。受動的といえばそうです。積極的になれるから、行動的になれるからです。何かにつけて情報や知識を持ってきて、ひとのこうなれるとか、こうなるからしてみたらとか、誘い文句に釣られて試してきました。なんだかんだで、自己満足で、ここまできたからよかったとかで、ある程度続いて自然消滅していきます。今も続けている健康法はなんだろうかとおもうと散歩やスクワットくらいでしょうか。これらもやったりやらなかったりですが、気を休めるのにもってこいかもしれません。ですが、気を楽にする気休めは、ホッとするとか、溜息をつくこともそうですが、健康法に限った話しではないようにおもいます。気休めをしてというか、試してきたから生きて来られたのかもしれません。信じて行動するとか、信じ込んで熱中する、没入することもそうです。愚痴っぽくなってきたのでこの辺で終わります。