鳶飛魚躍

 対人恐怖症、統合失調症と共存して生きています。日頃の行いを頭の中で整理する為のアウトプットとして利用させて頂いております。ご容赦下さい。気分屋で症状のこともあり、課せられて書く、載せるよりかは暇潰し程度に気分が乗った時に日記程度にのせてます。

時間の定められた仮のものについて想ったこと。

 こんにちは。今日は晴れていて、気温も低いです。午後から曇る予定でしたが、日が照っています。朝から出掛けることはありませんでした。午後から、久し振りに読書しました。かなり集中出来ていたのではないかとおもいます。パソコンを開いて、ネットで情報をみたりしても、あまり良いことはないです。久し振りに読書出来たので、達成感はあまりないですが、少しだけ高揚感はあるようです。集中すると周りのことを少しは考えなくて済むようにおもいます。時間を有意義に過ごせたのかはわかりませんが、少し頭は冴えているのかもしれません。パソコンでネット情報をみるよりかは健全であるようにおもいます。ネットをみていると罪悪感のようなものを持って過ごしてしまいます。自分が健全でないと自覚してしまうからかはわかりません。以前に私は、時間はあると書いていました。それは、そうではあるのですが、有益な時間の遣い方をしているという意味ではそうでないのです。日中に出掛けることが私にとっては進歩であり、成長であり、出来る限りのことをしている、出来ることをしている、となるのです。時間を無駄にしているということはそのひとの価値観であり、ひとから強要される必要はないのです。どう過ごそうが、一人ひとりの勝手であって、強要されるものではないのです。一日中寝ていても、ゲームしていても、価値観の問題であり、ひとに害を与えなければ、問題ないのです。強迫傾向のある私みたいな方、症状の方は自身を大事にする必要があります。ルールやモラルに縛られるとしんどい想いをします。犯罪をすることをしていけないですが、普通に生きる人権があります。私のような症状の方は時間に縛られていて身動きできない状態になってしまいます。時間はあるのですが、有益に過ごせていなくても、守られて生きることが出来る社会が造られていってほしいです。