鳶飛魚躍

 対人恐怖症、統合失調症と共存して生きています。日頃の行いを頭の中で整理する為のアウトプットとして利用させて頂いております。ご容赦下さい。気分屋で症状のこともあり、課せられて書く、載せるよりかは暇潰し程度に気分が乗った時に日記程度にのせてます。

感情が波打つ日だが、微かな希望やその中から期待感を持つこと

今日は朝珍しく調子がよかった。だが、朝調子がよかったというのはほんの数時間だけだった。支援事業所に着き朝礼に久し振りに参加することができた。朝礼の前も調子よく利用者さんと会話ができ、順調であったが、午前中のパソコン講習でイライラが出てきた。悪いトリガー(きっかけ)が発動・・・。いつもと同じように支援事業所の場所を移してみたが、イライラは止まらない。机を強く叩いてしまった。今日のイライラはトリガー(きっかけ)によってだろうか。判らないが頭、脳が沸騰するようにイライラしてしまったので自分で自分が「危ない」と思い、支援事業所を早退した。自分の意思でそのまま病院へ行くことにした。病院はやはり的確なアドバイスはもらえない。医師の話しは鎮静剤の役目も果たさない。あまり、医師の批判はしたくない。医師はアドバイスは云わないように極力しているのだろうか?そう私の過敏な脳に刺激を与えないように接してくれているという風に考えよう。ちょっと日記を書いていると落ち着いてきたかと思ったら、憂鬱に・・・。谷を落下するように落ちてしまった。そうでもないか?今すごく感情が波を打っている。上に往ったり下に往ったり文字を書くごとに脳がすごく反応する。善いトリガー(きっかけ)を見定めている。日記はやはり書くことに意味あるらしい。今日は視覚と触覚を駆使している。文字をタイピングすること。神経質になりすぎているのは判るが日記を書くことを否定したくない自分がいる。今日は訪問看護だ。看護士が来るまでまだ時間がある。頓服を飲んでいるので、今日はアクションを起こすことはできなさそうだ。横になって待つべきか無理してアクションを起こすほうがいいのか。流れに身を任すのもいいか・・・?アクションを起こさずトリガー(きっかけ)を待つか・・・。家の中でテレビ、パソコン、音楽、食事、五感を駆使する。家の中で五感を駆使するしかないのか・・・。今日はどん底だから明日はきっと善い日なのだろうと思う微かな希望を持っている自分がいる。期待をしよう。不確かな明日に・・・。